(社)日本品質管理学会 第79回シンポジウム
「欧米医療における質改善の取組み」に参加して
−取組む姿勢と土俵の日米格差に改めて刮目−

医療のTQM推進協議会
幹事 西 村 昭 男
(医療法人 社団 日鋼記念病院理事長)

本シンポジウムは、平成12年9月23日、国立国際医療センターにおいて当協議会との共催で行われ、予期以上に多数の関係者が参集した。これも、一連の事故報道など我が国の医療の質への信頼が揺らいでいる情況のなかで、IHIのDonald M.Berwick, M.D., M.P.P(ハーバード大学教授)という、名実ともに質改善運動のグローバル・リーダーの招聘講演という求心力を得たからこそであった。
Berwick教授は、Institute for Healthcare Improvement(IHI)のPresident & CEOで、1988年に「医療の質改善のための全米プロジェクト(NDP)」を主宰したのを手始めに、翌年には全米「質改善フォーラム」を主催し、現在まで継続している。また、この動きはヨーロッパにも広がり、1996年から全欧「質改善フォーラム」の共催を行なっている。因みに、IHIは、1991年に設立された「医療の質」改善研究所で、インターネットでもその活発で広範な機能が伺える(www.ihi.org)。これによると、第12回全米「医療の質」改善フォーラムは、12月5日から8日までサンフランシスコで開催される。
今回のシンポジウムは、Berwick教授の2つの講演、「ヘルスケアにおける継続的質改善(QI)−12年の経験」、「過ちは人の常−医療における患者の安全と質保証」を中央に据えたかたちで、前段のチュートリアル2題と後段のパネルディスカッション「欧米医療に見る質改善の取組みの教訓と展望」という3段構えの企画は、形態と内容の両面で素晴らしいものと感ぜられた。特に、東京理科大学 狩野紀昭教授の「クオリティーとその管理・改善の変遷」、東北大学医学部 上原鳴夫教授の「欧米の取組みとバーウイック氏の果した役割」の2つのチュートリアルは、続くメインの講演の理解を深める上で、多数の聴講者にとって有益であったに違いない。
Berwick教授の講演内容については、別に紹介されるであろうし、著書の邦訳刊行も予定されているので深く立ち入るつもりはないが、Berwick教授が「医療の質」改善のために一貫して活動し、10数年の間に全米は言うに及ばず、全欧から全世界にその意義を浸透させた功績は、大いに称えられるべきである。単なる研究者でなく、土壌作りから手掛けて育て上げる実践者として、一つ一つの言葉にも幾多の経験に裏打ちされた重みが感ぜられた。さらに、「医療産業における消費者保護と医療の質」に関するクリントン大統領の諮問委員会においても、キー・メンバーの重責も担って活躍された。
パネルディスカッションでは、専門分野を異にする5人のパネリストが、当会の上原代表幹事と日本品質管理学会の大滝行事委員長の司会のもとで論議された。それぞれが鋭く、論点を異にした切り口で率直に話されたこともあって、大変に興味深いものであった。しかし、一面では、このパネルディスカッションを通じて、日米における医療の構造と機能の相違、それを衝き進めれば我が国や国民の文化の特異性といった根源的な課題に突き当たる思いが強く感ぜられた。そのうち、2、3の事柄に触れ、今後の現状分析と将来展望につなげたいと考える。
第一に、我が国の諸事業の近代化に向けた取り組みにおける「動機づけ」と「姿勢」の問題である。日本の自動車メーカーの「カンバン方式」など、世界的に誉れの高い「改善」が「KAIZEN」というコンセプトに熟成されて逆輸入されるという事例に典型をみるごとく、欧米の横文字コンセプトの流行に乗り遅れまいとする機運が戦後一貫して強すぎるように思われる。そこに「真のニーズ」という「動機づけ」が欠如していれば、新しい種が日本という土壌において芽が出て、根付く可能性は当然のことながら低い。そして、一時の仮装行為に終わり、それが深化されて実効を挙げるに至らない場合が少なくない。従って、医療サービスの利用者や現場従事者のイニシアチブという軸でPDCAサイクルを廻しながらQIの基盤を辛抱強く構築するという常識的過程がもともと重要なのであろう。そして、三現主義(西堀)に原理・原則を絡めた5ゲン主義(古畑)に基づく「事実による管理」がトップにとって重要な行動規範であることに変わりはない。
第二には、常に問題の焦点とされながら実現できないトップの意識改革である。我が国では、肩書きと実職務との齟齬に代表されるような構造的な歪みが少なくない情況のなかで、“変わるべきものが変わり得ない”という現実がある。特に、医学や医療の組織におけるトップの在り方は、今後ともTQMを推進していく上で極めて悩ましい課題である。医療の質の研究は、米国で半世紀以上の歴史を刻んできたが、本格的な改善への動きはここ数年のこととされている。今回のBerwick教授来日講演を機に、我が国においても、TQMが手段として適切に生かされ 、少しでも多くの目的とする成果が挙がることを切に期待する。